「DXを推進したいけれど、社内にデジタルに強い人材がいない」「育成に取り組んでも、なかなか定着しない」と悩みを抱える企業も多いでしょう。DXが企業競争力に必要な昨今、単なるITスキルではなく、業務理解と変革意識を持った「DX人材」の育成が必要に。
しかし、必要性は感じていても、何から手を付けるべきか、どう進めればよいか分からず立ち止まっているケースも多いのが現状です。本記事では、実際にDX人材の育成に成功した10社の企業事例を紹介。また、企業の共通点や成功のポイント、具体的な育成手順までを解説します。
DX人材育成とは

DX人材とは、デジタル技術を活用して業務を改革し、新たな価値を創出できる人材です。単なるIT技術者だけでなく、ビジネスとデジタルの両面に精通し組織横断でDXを推進できる育成・人が求められます。
また、DX人材は以下のようにも定義されています。
- デジタル技術やデータを活用して、業務の課題を解決できる人材
- 所属する事業部門の業務やプロセスを深く理解している
- デジタルを手段として、事業の成長やビジネス変革を推進する役割を担う
そして、DX人材育成はこのような人材を社内から発掘・定義し、デジタルリテラシーや専門スキルを体系的に学ばせて戦略目標に貢献させる活動です。経済産業省も、既存業務の改善を超えた組織変革には「デジタルのセンスを持ったビジネスの専門家」育成が必要と提言しています。
DX人材の現状と課題
DXを推進したいという企業は多いですが、国内企業のDX推進は人材不足が深刻です。IPAの調査によれば、ビジネスアーキテクトやデータサイエンティストといった専門人材が不足し、非IT企業ほど問題は深刻に。実際、日本では年々人材不足を痛感する企業が増えています。

出典:IPA|DX 動向 2024 – 深刻化する DX を推進する人材不足と課題
また「経営層の理解不足」「現場の業務優先」「育成体制の未整備」といったボトルネックも指摘されています。
結果として、DX推進の意義を社内に浸透させられず、学んだスキルを実務で活かせないまま終わる企業も少なくありません。課題を克服するには、経営層のコミットメントと実践的な育成が必須と言えるでしょう。
DX人材育成に成功した企業事例10選

ここでは、DX人材育成に成功した企業事例を10社紹介します。それぞれの課題や成功のキッカケを参考にしましょう。
| 企業名 | 主な課題 | 施策 |
| ダイキン工業 | 社内にDX人材がいない | 大学と連携した社内大学で2年かけた育成 |
| 三菱電機 | 推進人材の確保が困難 | DXアカデミーを設立し、段階別育成を実施 |
| トラスコ中山 | 業務の非効率・IT人材不足 | デジタル戦略本部設置、ERP連携研修を導入 |
| ソフトバンク | 新規事業創出に必要な人材が不足 | DX本部を新設し、選抜メンバーへ専門研修を実施 |
| みずほフィナンシャルグループ | 全社的なDX推進が困難 | リテラシーを3段階に分類し、段階的研修を提供 |
| 日立製作所 | 社員のスキル底上げが必要 | 年間1,300講座を提供する「日立アカデミー」を活用 |
| キリンホールディングス | リテラシーの格差が大きい | 「DX道場」で全社的教育と社内事例共有を実施 |
| 中外製薬 | 全社的なDX推進力が不足 | DXリーダー配置、社内ハッカソンや公募型改善提案を実施 |
| 日清食品HD | スキル不足と業務効率化の遅れ | 全社教育「NISSIN ACADEMY」導入、現場改善を推進 |
| ワークマン | 現場のITスキルが不足 | OJT・eラーニング・デザイン思考ワークショップを実施 |
①ダイキン工業株式会社
ダイキン工業では、DXを推進する上で必要となる高度なIT・デジタル人材が社内に不足していました。市場全体でも同様の人材不足が進行しており、自社で育成する以外に選択肢がない状況でした。
そのため、同社は2017年12月に大阪大学と連携して「ダイキン情報技術大学」を設立。新入社員を中心に、AIやIoTといったデジタル技術の研修を2年間かけて実施し、経営計画「FUSION25」に必要な人材の計画的な育成を目指しました。
その結果、2022年度末までにDICTの修了者は累計1,300人に達成。修了者たちは各部門でデジタル技術を活用し、新規事業の創出や業務プロセスの効率化などに取り組み、全社的なDX活用が進展しています。
②三菱電機株式会社
三菱電機では、「Serendie」という独自のデジタル基盤を活用し、「循環型デジタル・エンジニアリング」の実現を目指していました。しかし、推進には多くのDX人材が必要であるにも関わらず、社内外での人材確保が困難な状況に直面。
この課題に対応するため、2025年4月に「DXイノベーションアカデミー」を設立します。このアカデミーでは、既存のDX技術者だけでなく、他部署からの転向者や新入社員を対象に、段階的な学習プログラムを導入しました。
また、社内外の講座を組み合わせたカリキュラムを整備し、全社員が受講できる環境を整備。AI活用やデータ分析などのスキル習得を促進し、グループ横断でのナレッジ共有が進んでいます。今後は、育成による人材層の厚みをさらに強化することが期待されています。
③トラスコ中山株式会社
トラスコ中山では、プロツールの取引において紙やFAXを多用しており、業務効率が低いという課題を抱えていました。サプライチェーン全体のDXを進めるにはIT活用が不可欠でしたが、当時社内にはデジタルスキルのある人材がほとんどいませんでした。
そこで、同社は2019年からIT投資や人材配置の方針を見直し、2020年に情報システム本部を「デジタル戦略本部」へと改編。また、外部ERPベンダーの技術者と、次世代リーダー候補が協働して行う研修を導入し、社内でデジタル人材を育成する体制を整えました。
その結果、社員の学習意欲にも変化が見られ、従来人気だったペン字講座に代わって、Excelやプログラミングといったデジタル関連の研修が選ばれました。また、全社的にデジタルスキル向上への意識も向上しています。
④ソフトバンク株式会社
ソフトバンクでは、テクノロジーを活用した社会課題の解決を目指していましたが、それを担う専門組織と人材が不足していました。特に、新規事業創出に必要なスキルセットを持つ人材が社内にはいないことが課題に。
この課題を受けて、2017年10月に「DX本部」を新設しました。そして営業や企画部門で成果を上げていた社員120名を選抜し、市場対応力や交渉力といった既存スキルに加えて、DXに関する研修を実施。柔軟な発想で新規ビジネスを創出できる体制を整えました。
その成果として、オンライン健康相談サービス「HELPO」や、日本通運との連携によるデジタル配送システムなど、さまざまな新サービスを展開しました。育成されたDX人材が、社会課題解決に向けた具体的な成果を上げています。
⑤株式会社みずほフィナンシャルグループ
みずほフィナンシャルグループでは、次世代型金融への転換を目指していましたが、従来の組織体制では全社的なDX推進が難しく、社員のデジタルリテラシーの低さが業務改革の障害となっていました。そこで、同社はグループ内にオープンイノベーション拠点「Blue Lab」を設立。
また、新銀行構想の一環として、LINEとの連携も進めました。社員教育では、「覚醒→基礎知識→実践」の3段階でリテラシーレベルを分類し、それぞれに応じたオンライン学習やRPA、データ分析などの実践研修を行いました。
この取り組みにより、全社においてDXに対する共通認識が醸成され、AI技術やRPAの導入が加速しました。業務現場での実践スキルも向上し、大規模な業務改革を支える基盤が整いつつあります。
⑥株式会社日立製作所
日立製作所は、グローバル展開や多様な事業領域を持つ中で、DX推進のための人材不足と、既存社員のデジタルスキルの底上げが大きな課題でした。
そこで、社内教育機関「日立アカデミー」を設立し、年間1,300以上のDX関連講座を開講、全社員向けに基礎から応用まで幅広い研修プログラムを整備しました。また、LXPを活用した自律的な環境を整え、OJTやプロジェクト型学習も組み合わせて実践的なスキル定着を実施します。
その結果、年間14万人以上が受講し、現場でのデジタル活用が加速。新規事業や業務効率化プロジェクトが生まれ、全社的なDX推進力の強化と、社員の主体的な学びの文化醸成に成功しています。
⑦キリンホールディングス株式会社
キリンホールディングスは、現場主導のDX推進が進まず、デジタルリテラシーの格差が課題に。この問題を解決するため、全社員対象の「キリンDX道場」を設立し、初級から上級まで体系的なデジタル教育カリキュラムを構築します。
オンライン講座や認定試験、実践的なワークショップを組み合わせ、現場での課題発見・解決力を養いました。さらに、DX推進の成功事例を社内で共有し、モチベーション向上も実現。1,500人以上のDX人材が育成され、現場から新規ビジネスや業務改善のアイデアが多数生まれ、全社的なデジタル変革のスピードが大幅に向上しました。
⑧中外製薬株式会社
中外製薬は、急速な医薬品開発やグローバル競争の中で、全社的なDX推進力の不足が課題でした。そこで、各部門に「DXリーダー」を配置し、デジタル戦略推進部を新設。AIやロボティクスを活用した創薬プロセスの革新を目指し、全社員向けのデジタルリテラシー研修や専門人材の育成プログラムを導入しました。
さらに、社内アイデア公募やハッカソンを通じて、現場からの業務効率化や新規事業の提案を積極的に促進。結果、450件を超える業務改善や新規ビジネスのアイデアが創出され、組織全体の変革スピードと競争力が大きく向上しました。
⑨日清食品ホールディングス株式会社
日清食品ホールディングスは、従業員のデジタルスキル不足と、業務効率化の遅れが課題となっていました。これに対し、「DIGITIZE YOUR ARMS」をスローガンに掲げ、全社員を対象としたデジタル教育を本格化。
ローコード開発ツールの導入や、社内教育プラットフォーム「NISSIN ACADEMY」を活用し、リテラシー向上からデータ活用、AI、RPAなどの高度なスキルまで段階的に教育しました。また、現場主導の業務改善プロジェクトを推進し、社員が自ら課題を発見し、デジタル技術で解決する風土を醸成。その結果、業務効率化や新規事業創出のスピードが飛躍的に向上し、DX推進が全社的に定着しました。
⑩株式会社ワークマン
ワークマンは、急速な店舗拡大と多様な顧客ニーズへの対応が求められる中、現場スタッフのITリテラシー不足がDX推進の障壁となっていました。そこで、外部の研修サービスやeラーニング、OJTを組み合わせた独自の教育プログラムを導入し、現場スタッフのデジタルスキルと課題解決力を強化。
また、企画力やデザイン思考を養うワークショップも実施し、現場からのデジタル施策提案を積極的に受け入れる体制を整備します。その結果、現場主導の業務効率化や顧客サービス向上の取り組みが増加し、デジタル化による売上拡大や顧客満足度の向上に貢献しています。
以下記事でも、DX人材育成について紹介していますのであわせてご覧ください。
DX人材育成に成功した企業の3つの共通点
DX人材育成に成功した企業には以下3つの共通点があります。
- 経営層がDXの重要性を周知する
- 現場の課題解決や実務を通じてDXスキルを身につける
- 1つの教育プログラムに固執しない
①経営層がDXの重要性を周知する
DX人材育成に成功する企業は経営トップが旗振り役になっていることが多いです。例えば、中外製薬株式会社では「まずはトップがリーダーシップを持ってDX推進の方針を示し、明確なビジョンと戦略を策定する」ことを育成で重視し、経営戦略としてDXを位置付けています。
経営陣がコミットメントを示すことで、組織全体の意識とベクトルが合いやすくなり、従業員もDXの重要性を納得感を持って受け入れています。
②現場の課題解決や実務を通じてDXスキルを身につける
DXスキルは座学だけで習得できるわけではありません。研修育成だけで終わらせず、実際の業務課題を解決する中でDXスキルを身につける仕組みが必要です。中外製薬では上級研修の最後に必ず社内のデジタルプロジェクトへ参加させ、実務で経験を積ませます。
また、ワークマンでは研修で学んだPythonを使い、売上データ分析や業務改善に活かす「現場主導型DX」を推進。このようなOJTや実証プロジェクト型の取り組みにより、学習効果が目に見える形で成果に結びつき、学んだ内容が定着します。
③1つの教育プログラムに固執しない
最後の共通点は、1つの教育プログラムに固執しないことです。企業における社員一人ひとりの経験や習得スキルなどは異なります。そのため、スキルや経験に応じたレベルの教育プログラムを実施する必要があるのです。
また、さまざまなプログラムを用意することで研修を飽きさせずに育成することが可能に。もちろん、1つのプログラムを学ぶ方がコストを抑えられますが、結果的に費用対効果は高いと言えるでしょう。
DX人材育成における4ステップ

DX人材育成における4つのステップを紹介します。「やり方がわからない」という方は参考にしてください。
- 現状の把握と人材定義
- リテラシースキルの習得
- 実践スキルの習得
- 実務での活用
①現状の把握と人材定義
DX人材育成は、自社にどの程度のデジタルスキルがあるかを正確に把握することが重要です。社員のITリテラシーやデジタルスキルのレベルを可視化することで、どの部門にどれだけのDX人材がいるのか、どの分野で人材が不足しているのかが明確になります。
情報をもとに、教育にどれだけのリソースを割くべきか、どのような人材を重点的に育成するべきかといった戦略的な判断が可能に。
次に必要なのは、会社の経営方針やDX戦略に照らし合わせて「どんな人材を育てたいか」を定義することです。たとえば、ビジネス課題を技術で解決する「ビジネスアーキテクト」、データを扱う「データエンジニア」「アナリスト」、社内の改革をリードする「変革推進リーダー」など、役割ごとの人材像を整理しましょう。
②リテラシースキルの習得
次のステップでは、企業全体のデジタルリテラシーを底上げすることです。ここでの目標は、特定の専門家を育てることではなく、「全社員がDXの基本概念を理解し、自分ごととして捉える」土台をつくることです。
この段階では、企業向けのオンライン学習や集合研修を通じて、ITの基礎知識、デジタルの活用方法、業務改革へのマインドセットなどを広く学び、育成します。業種や役職に関係なく、誰もが「なぜデジタルが必要なのか」「どのように使えるのか」といった基本を理解することが大切です。
これまでの業務のやり方にとらわれず、新しいやり方を受け入れる姿勢を醸成することが、成功において必須と言えるでしょう。
③実践スキルの習得
リテラシーを身につけた後は、より実務に直結したスキルの習得へと進みます。ここでは、職種や目的に応じた研修・育成を行い、実際に手を動かしてスキルを体得する「実践型」の学びが中心となります。
具体的には、以下のような内容が対象になります。
- データ分析
- プログラミング
- クラウド活用
- プロジェクトマネジメント
座学だけでなく、実際の業務課題を題材にしたワークショップや、ハンズオン形式の研修、eラーニング、外部セミナーなど、様々な育成手法を活用します。また、育成対象者に「自分が学んだことをどのように仕事に活かすか」を意識させることで、学習の定着度が高まります。
④実務での活用
最後のステップは、学んだ知識やスキルを実際の業務に応用し、成果につなげることです。研修で得たスキルを「実際の業務課題の解決に活かす経験」が重要です。実務と学習が結びつくことで、スキルはより深く定着し、自ら考えて行動する力も高まります。
たとえば、企業で新しい仕組みを提案したり、業務フローを自ら改善したりするプロジェクトに参加することが効果的。また、PoCやアイデアコンテストなどの仕組みを通じて、社員が新しい技術やアイデアを試せる場を用意することも有効です。
高度なスキルを習得した人材は、DXプロジェクトのリーダーや育成の支援役として活躍してもらうことで、知識と経験の社内展開が可能になるでしょう。以下の記事では、DX人材における必要なスキルや育成サービスを紹介していますので、あわせてご覧ください。
DX人材育成におけるおすすめの研修
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DX人材育成の企業事例についてのまとめ
DX推進において企業の壁は、「人材不足」と「育成の定着化」です。本記事では、ダイキン工業や三菱電機など、実際にDX人材育成に成功した企業の具体的な取り組みを紹介しました。
成功企業に共通するのは、主に以下の3点です。
- 経営層の強いコミットメント
- 現場課題と連動した実践的な育成
- 多様な育成手法の導入
今後、DXによる競争優位を確立するためには、単なるITスキルだけでなく、変革を自ら起こすマインドを備えたDX人材の育成が不可欠です。本記事を参考にDX人材育成に取り組んでみてはいかがでしょうか。